宗教とは何か?~臨済録を読む
皆さん、こんにちは。
今日は、「宗教とは何か」ということについて、私が最近考えさせられた出来事をお話ししたいと思います。
私は台湾が好きで、元総統である李登輝先生をとても敬愛しております。
李登輝先生は日本統治時代の台湾に生まれ、のちに台湾の民主化を進めた人物として知られています。
その李登輝先生が大切にされていた本の一つが、『臨済録』です。
『臨済録』は、中国・唐の時代(9世紀ごろ)に活躍した禅僧、臨済義玄の言葉を弟子たちがまとめた語録です。
弟子との問答や説法が収められており、日本の臨済宗のもとになった書物でもあります。
私は特に宗教にはあまり興味はなかったのですが、李登輝先生の愛読書と知り、古本屋で手に取りました。
岩波文庫の現代語訳付きの本を選んだのですが、その現代語訳自体が少し古い表現で、正直なところ、何を言っているのかよく分からず困惑。ww
「何言ってんのか、わっかんなーーーい。www」
そこでYouTubeで調べてみたところ、花園大学の講義が公開されており、全6回?の講義を聴き始めました。
そして、今は3回目まで聴き終えたところです。
その中で印象に残った話があります。
臨済義玄がまだ修行中だった頃、師匠であった黄檗(おうばく)に禅問答「仏法というものはどういうものですか?」と質問したところ、棒で三度打たれたという逸話です。文字だけ読むと、なぜ打たれたのか全く分かりません。
しかし講義では、こうした解釈が紹介されていました。
「仏とは外にある存在ではなく、自分の心そのものである。自分の中にあるものを、外に答えを求めて尋ねること自体が違うのだ」
という意味だというのです。
ただ文章を読むだけでは、そこまで理解するのはとても難しいと感じました。
だからこそ、現代ではYouTubeなどで専門の先生の解説を聞けることは、本当にありがたいことだと思います。
さまざまな解釈を聞きながら、自分の中で少しずつ理解を深めていく。その過程そのものが学びなのだと感じました。
また『臨済録』に書かれている内容は、「自分自身をしっかり立たせなさい」「本当の仏は自分の心の中にある」といった教えが中心です。現代で言えば、自己啓発に通じる部分もあると感じました。
けれども、それは単なる前向き思考ではなく、自分の心を見つめる深い問いかけです。
人間の心は、いつの時代も揺れやすく、不安になりやすいものです。
唐の時代も、現代も、それはきっと変わらないのでしょう。
だからこそ、人の心を支える宗教や教えが生まれ、受け継がれてきたのだと思います。
忙しく、不安の多い現代だからこそ、仏教をはじめとする宗教の教えをあらためて学び直してみることには、大きな意味があるのではないでしょうか。


