父親から教わったこと「右から左」
「右から左」という言葉は、実に便利な言葉だと思います。
この言葉を聞くと、私は幼い頃の出来事を思い出します。
私の母は、とても口うるさい性格でした。何か気に入らないことがあったり、思い通りに家族が動かなかったりすると、すぐに大きな声で文句を言い始めます。それは父に対しても同じでした。家の中で母の声が響くと、子どもだった私は少し身構えてしまうこともありました。
そんな時、父は決まってくるっと私たち姉妹の方を振り返ります。そして、ちょっとおどけたような変な顔をしながら、手で「右から左」と流すジェスチャーをするのです。それを見るたびに、私たち姉妹は思わず吹き出してしまいました。さっきまで少し緊張していた空気が、ふっとやわらぐ瞬間でもありました。
父は母とは正反対の性格でした。細かいことはあまり気にしない、おおらかで明るい人。そしてとても優しい人でした。何事にもどこか余裕があって、家の中の空気を軽くしてくれる存在でした。細かくて真面目な母とは、本当に対照的な性格だったと思います。
そんな父から教わったことの一つが、この「右から左」という言葉でした。
「右から左に聞き流せばいいんだよ」
「はいはいって聞いてるふりをして、聞き流せばいい」
子どもの頃は、その意味を深く考えることはありませんでした。ただ父のジェスチャーがおもしろくて、姉妹で笑っていただけでした。でも大人になってみると、この言葉はとても大切な知恵だったのではないかと思うようになりました。
日本人は、とても真面目な国民だと言われます。そして同時に、和を乱さないことをとても大切にする文化があります。相手の気持ちを考え、場の空気を読んで行動することを小さな頃から自然と学んでいきます。
それはとても素晴らしいことでもあります。けれどもその一方で、人から言われたことを必要以上に真面目に受け止めてしまうこともあるのではないでしょうか。
「どうしてそんなことを言われたんだろう」
「自分が悪かったのだろうか」
そんなふうに、必要以上に悩んでしまうこともあります。
本当は、その人の言っていることが正しいのかどうかは、その場ではわからないことも多いものです。それでも私たちは、とりあえず合わせようとしたり、真剣に受け止めすぎたりしてしまいます。私自身も、そういうところがあると感じています。
けれども、「右から左に聞き流す」という意識を少し持つだけで、物事の見え方はだいぶ変わるのではないでしょうか。
その場では「はいはい」と聞いているふりをして、いったん自分の中に持ち帰る。そして後になって、少し時間が経ってから、冷静な気持ちで考えてみるのです。感情が落ち着いてから振り返ってみると、また違った見え方がしてくることも多いものです。
そのときに、相手の言っていることが「確かにそうかもしれない」と思えるのであれば、それを受け入れて自分の行動を変えればいい。けれども、「それは違うな」と感じるのであれば、そのまま聞き流してしまえばいいのです。
すべてをその場で真面目に受け止める必要はありません。いったん受け取ったように見せて、あとで自分の中で整理すればいい。それだけで、心の負担はずいぶん軽くなるのではないかと思います。
人の言葉をすべて真正面から受け止めていると、心はすぐに疲れてしまいます。だからこそ、少しだけ受け流す余白を持つことも大切なのかもしれません。
幼い頃、父が変な顔をしながら見せてくれた「右から左」のジェスチャー。あの時はただ笑っていただけでしたが、今振り返ると、あれはとてもシンプルで、そしてとても深い人生の知恵だったのだと思います。
すべてを背負い込まなくてもいい。
ときには「右から左」でいい。
そう思えるだけで、少し心が軽くなる人も、日本にはきっと多いのではないでしょうか。

